煮炊きの煙を消す:火の神の休息という「偽装」
なぜ正月三が日、台所は凍りつくのか
正月の台所には、独特の匂いがある。
いや、匂いがない、と言ったほうが正確かもしれない。
普段なら立ちのぼる味噌汁の湯気も、焼き魚の脂がはぜる音も、米が炊ける甘い香りも──そのすべてが消え失せ、ただ冷たい空気だけが流し台のステンレスの表面に薄い結露を浮かべている。
五十年以上も正月を迎えてきた者ならば、この異様な静けさを知っているはずだ。
子供のころ、元旦の朝に喉が渇いて台所へ忍び込んだとき、あの底冷えのする静寂に足がすくんだ経験はないだろうか。
蛍光灯を点けるのも憚られ、曇りガラスの向こうから差し込む弱々しい冬の光だけを頼りに、重箱の傍らに置かれた湯飲みを手探りで探したあの朝。
冷蔵庫のモーター音さえ、どこか遠慮がちに聞こえた。
いま思えば、あれは単なる「年末年始の休息」などではなかった。
私たちの祖母や曾祖母たちは、年が明けた途端、台所という場所を意図的に「殺して」いたのである。
「三が日は火を使ってはいけない」
この言い伝えを、多くの現代人は「主婦を休ませるため」「火の神様に感謝するため」と解釈している。
荒神様──かまどの神──を休ませるという、いかにも日本的な優しい物語として語り継がれてきた。
だが、私はこの美しい伝承の裏側に、もっと根源的な、そして薄ら寒い理由が隠されているように思えてならない。
なぜなら、かつての日本人は「神を休ませる」などという悠長な発想を持ってはいなかったからだ。
神は畏怖の対象であり、感謝の対象でもあったが、「労う」対象ではなかった。
神は休息を必要としない。神は人間の都合で動くものではない。
では、なぜ私たちの祖先は、一年で最も寒い季節に、わざわざ火を落としたのか。
答えは、「休ませる」のではなく「消す」ためだ。
そして「消す」対象は、火の神などではない。
私たち自身の「生の気配」である。
煙は「現世の座標」を知らせる狼煙
考えてみてほしい。
遥か昔、冬の山野を見渡したとき、人の住まう場所はどうやって見分けられたか。
答えは簡単だ。煙である。
囲炉裏から立ちのぼる煙、かまどから吐き出される煙、炭焼き小屋から這い出る煙。
煙は遠くからでも視認できる。
雪に閉ざされた山あいの集落でも、谷間に沿って棚引く白い煙を目印にすれば、人の営みがそこにあると知れた。
つまり、煙とは「ここに生きた人間がいる」という宣言に他ならない。
現世の座標を知らせる狼煙である。
古代の人々は、この単純な事実をよく知っていた。
だからこそ、山賊や野盗から身を隠すとき、まず火を消した。
敵の軍勢が近づいたとき、村人は竈の火を踏み消して息を潜めた。
そして、正月もまた──彼らにとっては「隠れるべき時」だったのではないか。
ただし、隠れる相手は人間ではない。
大晦日から元旦にかけて、年の境目が開く。
旧い年と新しい年が入れ替わるその瞬間、現世と異界を隔てる見えない膜が、ほんの少しだけ薄くなる。
歳徳神、年神様、正月様──呼び名はさまざまだが、私たちは新しい年の福をもたらす神の来臨を待ち望む。
門松を立て、注連飾りを掲げ、神様をお迎えする準備を整える。
だが、本当にやってくるのは「良いもの」だけだろうか。
境界が開けば、善なるものも悪しきものも、同じ隙間を通ってくる。
光のあるところには必ず影が生じ、神の行列の後ろには、無数の「その他のもの」がぞろぞろと付き従う。
餓鬼、亡者、疫病神、名もなき禍津日──かつての日本人は、そうした存在を「魔」と総称した。
魔は、境界が薄くなる時節に活発化する。
とりわけ冬至から正月にかけて、一年で最も闇が濃くなる季節に、彼らは暗がりの中を徘徊する。
そして魔は、生者の気配を嗅ぎつける。
温もりを、匂いを、音を、そして──煙を。
だから、消すのだ。
火を。
煙を。
生きている証拠を。
「荒神様を休ませる」という美しい言い伝えは、この恐ろしい知恵を後世に伝えるための、一種のカモフラージュだったのかもしれない。
子供には「神様が休んでいるから静かにしようね」と言い聞かせる。
だが大人たちは知っていた。
本当の理由を。
正月三が日の台所が凍りついているのは、そこが「死んでいる」ように見せかけるためなのだと。
保存食(おせち)が意味する「死した食べ物」
おせち料理を、改めて眺めてほしい。
黒豆、数の子、田作り、きんとん、煮しめ──どれもこれも、冷たい。
火を通したものでさえ、すでに冷え切っている。
そして、甘く、あるいは塩辛く、あるいは酢で締められ、とにかく「保存」がきくように作られている。
現代では「作り置きができて便利」という実用性で語られることが多いが、本来の意味はまったく異なる。
おせち料理は「死んだ食べ物」なのである。
火を通し終えた瞬間から、料理の中の「生」は失われていく。
煮しめは冷め、黒豆は固まり、きんとんは表面が乾いてわずかにひび割れる。
かつて生きていた野菜や魚は、加熱され、味付けされ、冷やされ、そして重箱という小さな棺に収められる。
つまり、おせちとは「すでに死んでいる食べ物」の集合体だ。
これを三日間、温め直すことなく食べ続けるという行為が意味するものは何か。
私たちもまた、「死者の側」に身を置く、ということである。
民俗学では、この概念を「擬死再生」と呼ぶ。
通過儀礼において、参加者は一時的に「死んだ状態」を経験し、儀式の完了とともに「生まれ変わる」。成人式、婚礼、葬送──人生の節目節目で、人は象徴的な死と再生を繰り返す。
正月もまた、その一つだ。
旧い年が「死に」、新しい年が「生まれる」。
この巨大な死と再生の儀式に参加する人間たちもまた、一時的に「死者の側」に身を寄せる必要があった。
生者のまま境界の時を過ごすことは、あまりにも危険だったからだ。
だから、「死んだ食べ物」を食べる。
「火の消えた」家に住む。「音を立てない」日々を過ごす。
すべては、自分たちが「もう生きていない」と、異界の住人に信じ込ませるためである。
おせちの一品一品には、縁起物としての意味が込められている。黒豆は「まめに働く」、数の子は「子孫繁栄」、海老は「腰が曲がるまで長生き」──。
だが、これらの「良い意味」は、おそらく後からつけられた解釈だ。
本質的には、おせちは「供物」であり「死者の食事」である。
蓮根の穴は「先を見通す」とされるが、そもそも蓮は彼岸の花だ。
極楽浄土の池に咲く蓮華を連想させる。
つまり、「先を見通す」とは「あの世を覗く」ことに他ならない。
慈姑の芽は「芽が出る」縁起物とされるが、その独特の苦みは、どこか冥土の土を思わせる。
おせちを食べるとき、私たちは無意識のうちに、彼岸と此岸の狭間に立っているのである。
台所の主が「包丁」を置く、真の理由
正月には包丁を使わない、という言い伝えもある。
これもまた「主婦を休ませるため」と解釈されがちだが、私は別の理由があると考えている。
包丁は、音を立てる。
まな板の上で野菜を刻む音、魚の骨を断つ音、肉を叩く音──台所に響く包丁の音は、家事の音であると同時に、「生きた人間がここにいる」という強烈なシグナルでもある。
リズミカルなトントントンという音、あるいは重く鈍いゴトンという音。
これらはすべて「生」のエネルギーを発散している。
異界の住人は、この音を聞きつける。
かつての人々は、経験的にそれを知っていた。
正月の早朝、まだ暗いうちから包丁を握れば、何かよくないものを呼び寄せる。
刃物が発する鋭い音は、闇の底まで響いていく。
だから、包丁を使わない。
おせち料理をあらかじめ作り置きするのは、三が日の間、刃物の音を一切立てないためである。
同じ理由で、臼と杵で餅をつくのは大晦日までに済ませた。
二十八日や二十九日に餅つきを終え、元旦には杵を仕舞い込む。
あの重々しい「ドスン、ドスン」という音を、年が明けてから響かせるわけにはいかなかったのだ。
煮炊きの音も同様だ。
鍋が沸騰する「ゴボゴボ」という音、菜箸が鍋肌を擦る音、蓋を開ける「カタン」という音──これらすべてが、生者の活動を告げる信号である。
だから、火を使わない。
元旦の朝、冷たいおせちを重箱から取り分けるとき、箸が漆塗りの縁に当たって「カチッ」と小さな音を立てる。
その一瞬、心臓が跳ねたことはないだろうか。
静まり返った部屋の中で、たったそれだけの音が、やけに大きく響いた経験は。
あれは、正しい恐怖だったのだ。
私たちの祖先は、その「カチッ」という音が、どこか遠くで何者かに聞かれていることを知っていた。
だから祝箸を使うとき、なるべく音を立てないように、そっと、静かに、息を詰めて食事をした。
現代では失われてしまった作法だが、正月の食事はかつて、音を立てないことが最上の礼儀だったのである。
捕食者の季節:音を立てる者は「収穫」される
境界の時間は、異界の住人の「狩り場」
歳徳神。
その名を聞いて、どのような姿を思い浮かべるだろうか。
多くの人は、柔和な表情の老人か、あるいは光り輝く神々しい存在を想像するかもしれない。
年の初めに各家庭を訪れ、その年の恵みを約束してくれる、ありがたい神様──恵方巻きを食べるとき、その年の恵方(歳徳神のいる方角)を向くという風習も、この神への敬意から生まれたものだ。
だが、神話や伝承の世界において、「光」の存在は常に「闇」を伴う。
歳徳神が訪れるその同じ夜、その同じ境界の薄い時間に、無数の「影」もまた這い出してくる。
餓鬼道に堕ちた亡者たち。
成仏できずにさまよう怨霊。
疫病を振りまく邪神。名前さえつけられていない、ただ「悪いもの」としか呼びようのない存在──。
日本の民俗信仰において、正月は「めでたい時」であると同時に、最も危険な時節でもあった。
なぜなら、境界が開いているからだ。
境界とは、結界である。
現世と異界、此岸と彼岸、日常と非日常──これらを隔てる見えない膜が、年の変わり目には極端に薄くなる。
あるいは、ところどころに穴が開く。
その穴から、善いものも悪いものも、区別なく入り込んでくる。
門松や注連飾りは、この穴を塞ぐための結界装置だ。
松の葉の鋭さ、藁の清浄さ、橙の生命力──これらを組み合わせて、家の入口を守護する。
だが、結界は完璧ではない。
どんなに厳重な注連飾りを施しても、すべての「悪しきもの」を完全に防ぐことはできない。
だから、隠れるのだ。
家の中を暗くし、音を立てず、煙を上げず、生きている気配を可能な限り消す。
結界の内側で、じっと息を潜めて嵐が過ぎるのを待つ。
歳徳神の来訪が「祝福」ならば、異界の魔物どもの跋扈は「災厄」である。
そして、境界が開く正月の数日間、この両者は表裏一体となって日本列島を渡り歩く。
私たちの祖先は、この二面性をよく理解していた。
だから正月を祝うと同時に、正月を恐れた。
光の神をお迎えしながら、闇の者どもから身を隠す──この矛盾した行為を、三が日の間、必死に続けたのである。
「生きていること」を悟られてはいけない
ある地方には、こんな言い伝えが残っている。
「元旦の朝は、家族同士でも囁き声で挨拶を交わせ」
明けましておめでとう、と大きな声で言ってはいけない。
今年もよろしくお願いします、と朗々と述べてはいけない。
すべて、耳元に口を寄せて、息だけで伝えるように話さなければならない──。
これは、「魔を呼び覚ます」ことへの恐れから生まれた習慣だ。
大きな声は、生者の証拠である。
声を発するということは、呼吸をしているということであり、意識があるということであり、「生きている」ということである。
そして、異界の存在は、この「生」のエネルギーに引き寄せられる。
だから、声を潜める。
かつての正月の朝は、異様なほど静かだった。
家長が起きてきても、挨拶は目礼で済ませる。
子供たちも、はしゃぎ声を上げるのを禁じられる。
お屠蘇を飲み、おせちを食べるその間も、誰もが黙々と箸を動かし、言葉を発することを極力避けた。
現代の感覚からすれば、「正月早々なんて暗いんだ」と思うかもしれない。
だが、彼らにとって、この沈黙こそが生き延びるための知恵だったのである。
秋田県の男鹿半島に伝わる「ナマハゲ」を思い出してほしい。
大晦日の夜、異形の仮面をつけた存在が各家庭を回り、「悪い子はいねがー」と叫びながら練り歩く。
あれは本来、「ナモミ」(囲炉裏にあたってできる火だこ)を「剥ぐ」存在、つまり怠け者を戒める来訪神とされている。
だが、私はナマハゲの本質は別のところにあると考えている。
ナマハゲは「見つけに来る」のだ。
「悪い子」とは、つまり「見つかってしまった子」のことではないか。
囲炉裏端でぬくぬくと暖を取り、火の温もりを享受している──その「生」の気配を嗅ぎつけて、ナマハゲは訪れる。
だから、子供たちは泣き叫ぶ。
本能的に、「見つかってはいけない」ことを知っているからだ。
大晦日から正月にかけて、異界の「捕食者」たちは獲物を探して徘徊する。
彼らは音を聞き、温もりを嗅ぎ、生者の気配を追跡する。
この季節、生きていることを悟られることは、文字通り「死」を意味したのかもしれない。
おせちの「重箱」は、魂を隠すシェルターか
おせち料理を詰める「重箱」について、改めて考えてみたい。
なぜ、重箱なのか。
皿に盛り付けるのではなく、なぜわざわざ蓋のある箱に詰め、しかもそれを何段にも重ねるのか。
現代では「縁起を重ねる」「めでたさが重なる」といった説明がなされる。
一段より二段、二段より三段、重なれば重なるほど福が積み上がる──確かに、日本人らしい言葉遊びだ。
だが、私は別の意味を感じずにはいられない。
重箱とは、「蓋をして密閉する」ための容器である。
中身を外から見えなくし、匂いを閉じ込め、外気と遮断する。
これは言い換えれば、内側にあるものを「隠す」ための装置だ。
おせち料理は「生のエネルギー」を内包している。
たとえ「死んだ食べ物」であっても、それは人間が食べるためのものだ。
生命を維持するための栄養であり、カロリーであり、つまりは「生」の糧である。
この「生」のエネルギーを、むき出しのまま外気に晒しておくことは危険だった。
異界の住人がその匂いを嗅ぎつけ、引き寄せられてくるかもしれない。
だから、蓋をする。
黒塗りや朱塗りの漆器。
その内側に丁寧に詰められた数々の料理。
蓋を閉じれば、外からは中身が何も見えない。
匂いも、色も、形も──すべてが闇の中に封印される。
重箱は「聖域」なのだ。
外の世界の汚れや魔から、貴重な「生の灯火」を守るための密閉空間。
言い換えれば、それは小さな「結界」であり、あるいは「棺」のようなものでもある。
棺──この連想は不吉だろうか。
だが、考えてみてほしい。
棺もまた、中身を外界から隔離するための箱だ。
死者を納め、蓋を閉じ、外の世界と遮断する。
重箱とまったく同じ機能である。
違いがあるとすれば、棺が「死者」を守るのに対し、重箱は「生者のための食べ物」を守っている、という点だ。
だが、正月が「擬死」の期間であるならば、この違いもまた曖昧になる。
生者が死んだふりをする三日間。
その間、「生」のエネルギーは厳重に封印されなければならない。
重箱の蓋は、決して開けっ放しにしてはいけなかった。
おせちを取り分けたら、すぐに蓋を閉じる。
中身が空気に触れる時間を最小限にする。
あたかも、何か恐ろしいものに中身を見られないように。
現代では、プラスチック製の仕切りに入った「おせちセット」をそのままテーブルに広げることも多い。
蓋のない、むき出しのおせち。コンビニで買ってきた一人用のおせち。
便利ではある。
だが、あの「蓋をして守る」という所作が失われたとき、おせちは単なる「正月用の惣菜詰め合わせ」に堕してしまったのではないだろうか。
咀嚼音さえも罪になる夜
おせちを食べる作法について、もう少し踏み込んでみよう。
現代では、正月の食卓は賑やかなものだ。
テレビをつけ、家族で団欒し、笑い声を上げながらおせちをつつく。
酒を酌み交わし、一年の抱負を語り合い、年始の挨拶を交換する。
だが、かつての正月は違った。
静寂の中で、黙々と食事をした。
これは単なる「厳粛さ」の表現ではない。
音を立てることへの、根源的な恐怖があったのだ。
まず、重箱を開ける音。
漆器の蓋が外れるときの、わずかな「コトン」という音。
現代人の耳には気にも留まらないほどの微音だが、かつての人々はこの音さえ慎重に扱った。
蓋はゆっくりと持ち上げ、音を立てないように静かに脇に置く。
次に、箸の音。
祝箸を取り上げるとき、料理を挟むとき、口に運ぶとき──すべての動作で、箸が何かに当たって音を立てる可能性がある。
重箱の縁、皿の表面、他の箸、あるいは歯──。
「カチッ」という音。
静まり返った部屋に、その小さな音が響いたとき、人々は一瞬、動きを止めたという。
誰かがその音を聞いたかもしれない。
部屋の外で。
あるいは、この世ならざる場所で。
そして、咀嚼音。
ものを噛む音は、「生」の証拠として最も直接的なものの一つだ。
生きているからこそ、食べることができる。
食べているからこそ、噛む音が出る。
だから、なるべく音を立てずに食べた。
数の子のプチプチという音、黒豆を歯で潰す音、煮しめの蓮根を噛む音──これらすべてが、異界の者を呼び寄せる「誘因」になりうると信じられていたのである。
もちろん、完全に無音で食事をすることは不可能だ。
どんなに注意しても、何かしらの音は出る。
だから、音を出す「時間」を最小限にした。
おせちを手早く取り分け、すぐに蓋を閉じる。
口に運んだら、なるべく早く飲み込む。
食事の時間を短くすることで、音を発する機会を減らす。
これは、単なる迷信だろうか。
私にはそうは思えない。
夜中に一人で台所に立ったことのある人ならわかるだろう。
静寂の中で、何か食べ物を口にしたとき、その咀嚼音がやけに大きく響くあの感覚。
まるで、自分の存在を世界中に知らせてしまっているような。
暗がりの向こうで、何かがその音を聞いているような。
かつての日本人は、その感覚を日常的に経験していた。
そして、正月の三日間は、その恐怖が最も強まる時だったのである。
沈黙の直会(なおらい):神と同じ「冷たさ」を食らう
「神人共食」の冷徹な側面
「直会(なおらい)」という言葉がある。
神事のあと、神に供えた食物を参列者が分かち合って食べる行為を指す。これによって、神の力の一部を体内に取り込み、神と人との絆を深めるとされる。
日本の祭祀文化における最も重要な概念の一つであり、「神人共食」とも呼ばれる。
おせち料理もまた、この「神人共食」の文脈で語られることが多い。
正月に歳神様をお迎えし、神棚やお供え物を設え、鏡餅を飾る。
そして三が日を通じて、神様と同じものを食べることで、新しい年の加護を受ける──美しい解釈だ。
だが、私はこの「共食」という概念の裏側に、もっと冷厳な真実があると感じている。
神と同じものを食べるとは、どういうことか。
神は、温かいものを食べるだろうか。
お供え物を思い出してほしい。
果物、菓子、米、酒──これらはすべて「生もの」か「常温」のものばかりだ。
湯気を立てる味噌汁を供えることはない。
焼きたての魚を神棚に載せることもない。
なぜなら、「熱」は生者の特権だからである。
温かい食べ物を食べられるのは、生きているからだ。
火を起こし、調理し、熱いうちに口に運ぶ──この一連の行為は、「生」の営みそのものである。
翻って、死者はどうか。
死者には、温もりがない。
冷たい。
火を使うことも、熱いものを食べることもない。
彼らが口にするのは、墓前に供えられた冷めた飯であり、仏壇に置かれた常温の菓子である。
そして、神もまた──少なくとも日本の古い神々は──「冷たい存在」として認識されていた。
これは、神が冷酷だという意味ではない。
神は人間とは異なる存在であり、人間の感覚で言う「温かさ」や「冷たさ」を超越している、ということだ。
だが、人間の側から見れば、神の世界は「冷たい」ものとして感じられる。
神域に足を踏み入れたとき、ひやりとした空気を感じたことはないだろうか。
真夏の神社でも、本殿の奥からは冷気が漂ってくる。
それは「神聖さ」であると同時に、「死」に近い温度でもある。
おせち料理が冷たいのは、神と同じ「温度」で食事をするためだ。
温かいものを食べれば、私たちは「生者」として振る舞うことになる。
だが、正月の三日間、私たちは「生者」であってはいけない。
擬死の期間だからだ。
だから、冷たいものを食べる。
神と同じ温度のものを。死者と同じ温度のものを。
これが「神人共食」の冷徹な側面である。
重箱から取り出した黒豆は、冷えて硬くなっている。
数の子は冷蔵庫から出したばかりのように冷たい。
煮しめは煮凝りができて、箸で持ち上げると震える。
その冷たさを、私たちは口に含む。
舌の上で、「死者の温度」を感じる。
これは祝祭ではない。
儀式である。
生者が一時的に死者の側に立つための、冷厳な通過儀礼なのだ。
お雑煮の「湯気」という、唯一の例外と危険
ここで、一つの疑問が浮かぶ。
お雑煮はどうなのか、と。
正月といえばお雑煮だ。
白味噌仕立て、すまし仕立て、地方によって様々な作り方があるが、共通しているのは「温かい」ということ。
餅が柔らかく伸び、汁が湯気を立てる──明らかに「熱い」料理である。
冷たいおせちを食べ続ける三日間において、お雑煮だけがなぜ許されたのか。
私は、これを「賭け」だったのだと考えている。
人間は、完全に「死者」になりきることはできない。
どんなに息を潜めていても、心臓は動いている。
血は巡っている。
体温は維持されている。
三日間、冷たいものだけを食べ続ければ、体力は衰え、寒さに負けてしまう。
特に、かつての日本家屋は隙間だらけで、真冬の寒さは容赦なく室内に入り込んできた。
囲炉裏の火を落とし、かまどの火を消し、冷え切った家の中で冷たい食べ物だけを食べる──それは、まさに凍死との戦いでもあったはずだ。
だから、最小限の「熱」は許された。
一日に一度、温かいものを口にすることで、かろうじて生命を繋ぎ止める。
それがお雑煮の役割だった。
だが、これは危険な行為でもあった。
湯気は「生」の証拠だからだ。
温かいものを作れば、必ず湯気が立つ。
その湯気は、天井を這い、部屋の隅に漂い、やがて外へと逃げていく。
煙ほど目立たないにせよ、湯気もまた「ここに生者がいる」というサインになりうる。
だから、お雑煮を作るときは最大限の注意が払われた。
夜明け前の薄暗いうちに、素早く汁を温め、餅を柔らかくし、すぐに火を落とす。
湯気が立ちのぼる時間を最小限に抑える。
そして、できあがったお雑煮は、なるべく早く食べきる。
これは「命を繋ぐための最小限の賭け」だった。
三日間の擬死状態において、一瞬だけ「生」を露呈する。
その一瞬が、異界の者に気づかれないことを祈りながら。
お雑煮を食べる瞬間、人々は緊張していたはずだ。
湯気を吸い込み、温かい汁を飲み下すとき、「見つかるかもしれない」という恐怖が胸をよぎったに違いない。
だからこそ、お雑煮は「神聖な食べ物」として扱われた。
危険を冒してでも食べる価値があるもの、として。
現代では、正月の朝にお雑煮を食べることは当たり前の光景だ。
何の恐怖もなく、テレビを見ながら熱い汁をすする。
だが、かつてのお雑煮は、まさに「決死の一杯」だったのである。
割り箸を使わない理由:神と箸を共有する恐怖
正月には「祝箸」を使う。
両端が細くなった、白木の箸。
中央がやや膨らみ、両方の先端が使えるようになっている。
柳や杉などの柔らかい木で作られ、割り箸のように二つに割る必要がない。
この祝箸について、よく語られる説明はこうだ。
「片方の端は人間が使い、もう片方の端は神様が使う。
神人共食を象徴している」
美しい解釈だが、私はこの説明を聞くたびに、背筋に冷たいものが走る。
「もう片方を使っているのは、本当に神様なのか」と。
考えてみてほしい。
祝箸の両端は、まったく同じ形をしている。
どちらが「自分の端」で、どちらが「神様の端」なのか、区別がつかない。
これは、恐ろしいことではないだろうか。
あなたが箸を持ち上げたとき、反対側の端は虚空を向いている。
その先には何もない──はずだ。
だが、「神様が使う」という伝承は、「そこに何かがいる」ことを前提としている。
見えない何かが、あなたの箸の反対側を持っている。
あなたがおせちを口に運ぶとき、見えない何かも同じ動作をしている。
同じ箸で、同じ料理を、同時に食べている。
これを「神様」と呼べば、確かに有り難い話になる。
歳神様と一緒に食事ができるなんて、なんて光栄なことか、と。
だが、境界が開いた正月には、神だけがやってくるわけではない。
前章で述べたように、神の行列の後ろには無数の「影」が付き従う。
餓鬼、亡者、疫病神──。
もし、箸の反対側を握っているのが彼らだとしたら。
あなたが食べるたびに、見えない餓鬼もまた食べている。
あなたの箸の反対側で、その飢えた口を動かしている。
これは考えすぎだろうか。
だが、祝箸にまつわる作法を見ると、かつての人々もまた同様の恐怖を感じていたことがわかる。
祝箸は、使う前に水で清める。
箸袋から出したら、まず水につけて穢れを落とす。
これは「神様に失礼がないように」という意味だとされるが、別の解釈も可能だ。
「箸の反対側に何がついてくるかわからないから、清めておく」
また、祝箸は三が日を通じて同じものを使い続けるが、使うたびに箸の先を清め、箸袋に戻す。
これも「神様の箸を汚さないため」と説明されるが、裏を返せば「相手の端に触れないようにする」という意味にも取れる。
さらに、祝箸は絶対に逆さに使ってはいけないとされる。
「取り箸」として反対側を使うことは禁忌だ。
なぜなら、反対側は「あちらの存在」のものだからだ。
人間がそちらを使えば、境界を侵すことになる。
静まり返った正月の食卓。
家族がそれぞれ祝箸を手に、黙々とおせちを食べている。
誰も言葉を発さない。
箸の音さえ立てないように注意しながら、冷たい料理を口に運ぶ。
そのとき、ふと気づく。
この部屋には、家族の人数よりも多くの「何か」がいるのではないか、と。
それぞれの箸の反対側に、見えない存在が座っている。
見えない口が動き、見えない歯が噛み、見えない喉が食べ物を飲み込んでいる。
「神人共食」の真の姿は、このような光景だったのかもしれない。
三が日が明けた時の「解放感」の正体
正月四日。
かつての日本では、この日を「仕事始め」と呼んだ。
商家は仕事を再開し、農家は田畑に出て、職人は道具を手に取る。
現代では、この「仕事始め」を「正月休み明け」程度の意味で捉えている。
休みが終わって仕事が始まる、憂鬱な日。
だが、かつての人々にとって、四日は「解放の日」だった。
ようやく音を立てられる。
三日間、息を潜め、声を殺し、物音一つ立てないようにしてきた生活が、やっと終わる。
台所でかまどに火を入れ、煮炊きの音を響かせることができる。
包丁を握り、まな板の上でトントンと野菜を刻むことができる。
「仕事始め」という名称は、生業の再開を意味すると同時に、「生きることの再開」でもあったのだ。
擬死の期間が終わり、私たちは再び「生者」に戻る。
この日、人々はどれほど安堵しただろうか。
境界はようやく閉じ、異界の住人たちは帰っていった。
歳神様は去り、魔物どもも去り、あの危険な数日間を無事に乗り越えることができた。
「今年も生きて、境界を越えられた」
その確認こそが、四日という日の本質である。
正月が「めでたい」のは、単に新しい年が始まるからではない。
あの恐ろしい三日間を生き延びたから、めでたいのだ。
お年玉をもらい、おせちを食べ、初詣に行く──これらの正月行事は、すべて「生存」の祝福として読み替えることができる。
今年も命を落とさず、異界に連れ去られることもなく、無事に年を越せた。
だから祝う。
子供の頃を思い出してみてほしい。
正月三が日の、どこか重苦しい空気。
大人たちの妙に静かな振る舞い。
テレビはついているが、誰もあまり笑わない。
そして四日か五日になると、急に家の中が明るくなったような気がした経験はないだろうか。
あれは気のせいではない。
大人たちは(無意識にせよ)「擬死」を終え、ようやく「生」を取り戻したのだ。
その解放感が、家全体の空気を変えていたのである。
現代では、元日から初売りに出かけ、二日から旅行に行き、正月らしい静けさはほとんど失われてしまった。
それは便利なことかもしれないが、同時に私たちは「あの解放感」も失ってしまった。
三日間の緊張があるからこそ、四日目の解放がある。
息を潜める恐怖があるからこそ、音を立てられる喜びがある。
その両方を失った現代の正月は、単なる「連休」に過ぎない。
現代の騒音と、薄れゆく結界
レンジの音、デリバリーのバイクが壊したもの
深夜二時。
元旦の未明、あなたは喉の渇きを覚えて目を覚ます。
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
その瞬間、庫内灯がパッと点き、コンプレッサーのモーター音が低く唸る。
冷えたペットボトルの水を取り出し、電子レンジで温めようとする。
ボタンを押せば、ピッという電子音。
加熱が始まれば、ウィーンという回転音。完了すれば、またピーピーピーという報告音。
何も考えずに行う、日常の動作だ。
だが、この数分間に、あなたはかつての日本人が決して発しなかったであろう量の「音」を撒き散らしている。
そして、外に目を向ければ。
元旦の深夜にもかかわらず、どこかでバイクのエンジン音がする。
二十四時間営業のコンビニに向かう車。
デリバリーサービスのスクーター。
遠くから聞こえるカラオケの歓声。
現代の正月に、「静寂」はもはや存在しない。
電気が普及する以前の日本を想像してみてほしい。
深夜二時といえば、草木も眠る丑三つ時だ。
月明かりがなければ、真の闘がすべてを覆う。
音を立てるものは何もない。
人々は布団の中で眠り、動物たちも巣に潜み、風さえなければ完全な無音の世界が広がっていた。
その静寂の中で、正月を迎える。
火を落とし、声を殺し、異界の者に気づかれないように息を潜める。
三日間、まるで死んだように過ごす。
それが、かつての日本人の「生存戦略」だった。
だが現代、私たちはその戦略を完全に放棄してしまった。
二十四時間、休むことなく音を出し続けている。
テレビ、エアコン、スマートフォン、自動車、飛行機──文明の利器はすべて音を伴う。静寂を手に入れることは、もはや不可能に近い。
かつて、正月の三日間だけは「隠れる」ことができた。
今、私たちは年中無休で「見つかっている」状態にある。
異界の住人がまだこの世界を徘徊しているとすれば──そしてその可能性を私は完全には否定できないのだが──彼らにとって、現代の日本は「狩り放題」の楽園だろう。
もはや隠れる者はいない。
煙を上げ、光を放ち、音を撒き散らし、「ここに生きた人間がいます」と叫び続けている。
レンジのピーという音は、私たちの座標を正確に報せる発信機だ。
デリバリーのバイク音は、「この家に生者がいる」という宣伝カーだ。
かつての日本人が必死に守ろうとした「結界」を、私たちは自らの手で破壊してしまったのである。
プラスチック容器の中で窒息する「伝統」
コンビニやスーパーで売られている「おせちセット」を見たことがあるだろう。
透明なプラスチック容器に、黒豆、数の子、伊達巻、蒲鉾などが小分けに詰められている。
一人暮らし用の「ワンプレートおせち」もある。重箱を使わず、皿に直接盛り付けることを前提としたセットも多い。
便利だ。
合理的だ。
若者の正月離れ、核家族化、そして簡便志向。
それらに応えた商品開発として、マーケティング的には正しいのかもしれない。
だが、私はこの光景に、ある種の「窒息」を感じる。
おせちが「窒息」している。
かつて、おせちは重箱という「聖域」に守られていた。
蓋を閉じ、外の穢れから隔離され、三が日の間、大切に守られていた。
今、おせちは透明なプラスチックの中で丸見えになっている。
蓋はあっても透明だ。
中身は外から完全に見える。
何が入っているか、どれだけ残っているか、すべてが露わになっている。
「生のエネルギー」を封印するという重箱の機能は、完全に失われてしまった。
さらに言えば、現代のおせちは「冷蔵庫」に入っている。
かつてのおせちは、寒い部屋に置かれていた。
暖房器具がなかった時代、室温は外気温とさほど変わらなかった。
おせちは自然の冷たさの中にあった。
今、おせちは電気で冷やされている。
冷蔵庫のコンプレッサーが唸り、人工的な冷気で保存されている。
冷蔵庫を開けるたびに、庫内灯が点き、電子音が鳴る。
「死した食べ物」を「死んだ場所」に置いておく、という本来の意味は跡形もない。
ある意味、現代のおせちは「形骸化」の極致にある。
見た目は似ている。
黒豆があり、数の子があり、煮しめがある。
だが、それらを貫いていた「意味」──異界への畏怖、擬死の儀式、生存戦略としての静寂──は完全に失われている。
魂の抜けた形だけの伝統。
プラスチック容器の中で、おせちは窒息している。
いや、すでに死んでいるのかもしれない。
「死した食べ物」ではなく、「意味が死んだ食べ物」として。
もちろん、だからといって現代人に「重箱を使え」「火を使うな」と強制することはできないし、すべきでもない。
時代は変わる。
習慣も変わる。
だが、せめて知っておいてほしい。
かつてのおせち料理が担っていた意味を。
あの冷たく静かな食事が、私たちの祖先にとってどれほど真剣なものだったかを。
コンビニのおせちを食べるとき、ほんの一瞬でいい。
「かつてはこれが、生と死の境界の食事だったのだ」と、思い出してもらえたなら。
それでも正月、ふと訪れる「不自然な静寂」
ここまで、現代の正月から静寂が失われたと書いてきた。
だが、完全に失われたわけではない。
元旦の早朝を思い出してほしい。
まだ多くの人が寝静まっている午前五時か六時頃。
普段なら通勤の車が行き交う幹線道路も、この時間ばかりは嘘のように静まりかえる。
新聞配達のバイクの音さえ、まばらだ。
その瞬間、都会の喧騒が、ふっと途切れる。
窓を開けると、冷たい空気とともに、異様な静けさが流れ込んでくる。
鳥の声もない。
人の気配もない。
ただ、冬の曙光がビルの谷間を這うように差し込んでくるだけ。
その瞬間、背筋に走る冷気を感じたことはないだろうか。
単なる寒さではない。
もっと根源的な、肌が粟立つような感覚。
まるで、何かが見ているような。
あるいは、何かが通り過ぎたあとのような。
私はこれを「残響」だと考えている。
かつてのように正月を迎える人はほとんどいなくなった。
だが、千年以上にわたって繰り返されてきた「擬死」の記憶は、土地や空気の中に染みついている。
正月の早朝になると、その記憶が微かに呼び覚まされる。
そして、おそらく──「向こう側」もまた、その記憶を持っている。
異界の住人たちは、かつてこの時期に現世を訪れていた。
人間たちが隠れ、息を潜め、火を落として「死んだふり」をしている間に、彼らはこの世を徘徊した。
その習慣が、今もなお続いているとしたら。
現代の人間は騒がしく、隠れることをしない。
だが、歳月の積み重ねによって形成された「境界の薄さ」は、変わらず存在する。
正月になると、今でも何かがやってくる。
元旦の早朝、ふと訪れる「不自然な静寂」は、その名残なのかもしれない。
都会のど真ん中でも、高層マンションの一室でも、あの瞬間だけは、異界との距離が縮まる。
煌々と灯りを点け、暖房を効かせ、テレビをつけていても──その向こうから、何かがこちらを窺っている。
次の正月、もし元旦の早朝に目が覚めたら、試してみてほしい。
すべての電子機器を消し、照明を落とし、窓を少しだけ開けて外の空気を入れる。
そして、静かに耳を澄ます。
何も聞こえないはずだ。
何も聞こえないはずなのに、何かがいるような気配を感じるはずだ。
それが、「神様」であることを祈るばかりである。
今、あなたの立てた音に「誰か」が返事をする
最後に、一つの場面を想像してほしい。
正月の深夜、あなたは一人で台所に立っている。
家族は寝静まり、テレビも消えている。
いつもは喧しい冷蔵庫のモーター音も、なぜか今夜は妙に静かだ。
喉が渇いたので、冷蔵庫を開ける。
庫内灯がパッと点く。
その光が、あなたの足元に影を作る。
製氷皿から氷を取り出す。
硬くなった氷がバキッと割れる音。
静まり返った台所に、その音が響く。
──カチン。
音がした。
あなたが立てた音ではない。
背後からでもない。
横からでもない。
どこか、天井の近くから。
あるいは、窓の外から。
気のせいだと思おうとする。
古い家だ。
木が軋む音だろう。
あるいは、配管が冷えて収縮する音かもしれない。
グラスに水を注ぐ。ゴボゴボという水の音。
──カチ、カチ。
また聞こえた。
今度は二回。
まるで、何かが返事をしているように。
「いやいや」と心の中で否定する。
ただの偶然だ。
音が重なっただけだ。
だが、あなたの心臓は既に早鐘を打っている。
水を飲もうとグラスを持ち上げる。
その瞬間、グラスの縁が歯に当たって「カチッ」と小さな音を立てる。
──……。
今度は、何も聞こえない。
静寂。
完全な静寂。
さっきまでかすかに聞こえていた冷蔵庫のモーター音さえ、今は止まっている。
その「静寂」の方が、さっきの音よりもずっと恐ろしい。
何かが、聴いている。
あなたが次にどんな音を立てるか、息を殺して待っている。
──あなたは、「見つかって」しまったのだ。
正月の三が日。境界が薄くなるこの時期に、音を立ててしまった。
冷蔵庫を開け、氷を割り、水を飲み、「ここに生きた人間がいる」と高らかに宣言してしまった。
かつての日本人なら、決してしなかったことを。
私たちは「隠れる術」を忘れてしまった。
煙を上げず、火を落とし、声を潜め、冷たい食べ物を音もなく食べる──そうやって三日間を生き延びる知恵を、私たちはもう持っていない。
だから、見つかる。
正月の深夜、あなたが何気なく立てた音は、この世ならざる場所まで響いている。
その音を聞いて、「何か」があなたの存在を知った。
それが歳神様ならば、福が訪れるだろう。
だが、そうでなければ──。
次の正月、おせちを食べるとき、ふと手を止めて考えてほしい。
この冷たい料理には、意味がある。
この静寂には、理由がある。
そして、あなたが今まさに破ろうとしている沈黙には、かつて命がけで守られていた「結界」としての力があったのだ、と。
重箱の蓋を開けるとき、なるべく音を立てないようにしてほしい。
祝箸を持つとき、その反対側に「誰かがいる」ことを意識してほしい。
そして、冷たい黒豆を口に運ぶとき、こう自分に言い聞かせてほしい。
「今、私は死者の側にいる。
生きていることを、悟られてはいけない」
その瞬間だけでも、あなたは千年前の日本人と同じ恐怖を共有することになる。
凍りついた重箱。
冷え切った煮しめ。
湯気を立てることを許されなかった祖先たち。
彼らは知っていた。正月とは、祝いの季節であると同時に、最も危険な季節であることを。
境界が開く。
神が来る。
そして、神ならざるものも来る。
だから、隠れる。息を潜める。
死んだふりをする。
三日間の擬死を経て、ようやく「生」を取り戻す。
それが、おせち料理の本当の意味だった。
今夜もどこかで、誰かが正月の台所に立っている。
冷蔵庫を開け、氷を割り、何気なく音を立てている。
その音は、闇の底まで響いていく。
そして、闘の向こうで、「何か」がその音を聞いている。
──ああ、今年もまた、「隠れ方」を忘れた人間がいる。
「何か」は、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
あなたの立てた音を、道しるべにして。
凍れる饗宴のために
正月が来るたびに、私はおせち料理を前にして、奇妙な感慨に襲われる。
黒々と光る黒豆。
琥珀色に透ける数の子。
渦を巻いた伊達巻。
飴色に照る栗きんとん。
そして、煮しめの蓮根に空いた、あの世を覗くための穴。
美しい。
そして、冷たい。
現代のおせちは、かつての意味を失っている。火を使わない理由を知る者は少なく、音を立てないことの重要性を理解する者はもっと少ない。
重箱は装飾品となり、祝箸は単なる縁起物となり、三が日の静寂は「退屈な連休」に成り下がった。
だが、形は残っている。
意味が失われても、形だけは継承されている。
冷たいおせち料理。
火を落とした台所。
重箱という密閉容器。
両端が細い祝箸。
これらは、千年以上にわたって受け継がれてきた「生存の知恵」の残骸だ。
私たちはもはや、異界の住人を恐れることはない。
科学が発達し、電気が普及し、闇は駆逐された。
正月の深夜でも、コンビニは煌々と灯りを点し、スマートフォンは世界中と繋がっている。
「魔」など、いるはずがない。
本当にそうだろうか。
私は時々、考える。
科学は「異界」の存在を否定したのではなく、単に「見えなくしている」だけではないのか。
電気の光は「魔」を追い払ったのではなく、単に「見えにくくしている」だけではないのか。
かつての人々は、闇の中に「何か」がいることを知っていた。
だから恐れ、だから隠れた。
現代人は、光の中に「何か」がいることに気づいていない。
だから無防備に音を立て、無防備に姿を晒している。
どちらが安全なのかは、わからない。
ただ一つ言えるのは、もし「何か」がまだこの世界にいるのなら、現代の正月は彼らにとって天国だろう、ということだ。
誰も隠れない。誰も息を潜めない。
誰も「死んだふり」をしない。
二十四時間、音と光を撒き散らし、「ここに生きた人間がいます」と叫び続けている。
収穫し放題だ。
来年の正月、おせちを食べる機会があったら、ほんの少しだけ、かつての作法を思い出してみてほしい。
重箱の蓋を開けるときは、静かに。
祝箸を持つときは、反対側を意識して。
料理を口に運ぶときは、なるべく音を立てずに。
そして、窓の外に目をやったとき、もし「何か」の気配を感じたら──。
それは、あなたの祖先が千年にわたって恐れ続けてきた「境界の向こう側」からの視線かもしれない。
怖がる必要はない。
ただ、敬意を払えばいい。
「今年も、境界の時を迎えました。
どうか、穏やかにお通りください」
心の中でそう唱えながら、冷たいおせちを、音もなく食べる。
それが、現代に生きる私たちにできる、せめてもの「擬死」なのかもしれない。
正月の台所は、今年も凍りついている。
重箱の中で、おせちは静かに眠っている。
蓋の向こうに、何かがいる。
あなたはそれを、「神様」と呼ぶだろうか。
それとも──。
窓の外で、風が唸る。
あるいは、風ではない何かが、唸っている。
どうか、音を立てないで。
「凍れる饗宴」は、まだ続いている。
三が日が明けるまで、あとどれくらいだろう。
時計を見る。針が動く音さえ、やけに大きく聞こえる夜だ。
凍れる饗宴のために
正月が来るたびに、私はおせち料理を前にして、奇妙な感慨に襲われる。
黒々と光る黒豆。
琥珀色に透ける数の子。
渦を巻いた伊達巻。
飴色に照る栗きんとん。
そして、煮しめの蓮根に空いた、あの世を覗くための穴。
美しい。
そして、冷たい。
現代のおせちは、かつての意味を失っている。火を使わない理由を知る者は少なく、音を立てないことの重要性を理解する者はもっと少ない。
重箱は装飾品となり、祝箸は単なる縁起物となり、三が日の静寂は「退屈な連休」に成り下がった。
だが、形は残っている。
意味が失われても、形だけは継承されている。
冷たいおせち料理。
火を落とした台所。
重箱という密閉容器。
両端が細い祝箸。
これらは、千年以上にわたって受け継がれてきた「生存の知恵」の残骸だ。
私たちはもはや、異界の住人を恐れることはない。
科学が発達し、電気が普及し、闇は駆逐された。
正月の深夜でも、コンビニは煌々と灯りを点し、スマートフォンは世界中と繋がっている。
「魔」など、いるはずがない。
本当にそうだろうか。
私は時々、考える。
科学は「異界」の存在を否定したのではなく、単に「見えなくしている」だけではないのか。
電気の光は「魔」を追い払ったのではなく、単に「見えにくくしている」だけではないのか。
かつての人々は、闇の中に「何か」がいることを知っていた。
だから恐れ、だから隠れた。
現代人は、光の中に「何か」がいることに気づいていない。
だから無防備に音を立て、無防備に姿を晒している。
どちらが安全なのかは、わからない。
ただ一つ言えるのは、もし「何か」がまだこの世界にいるのなら、現代の正月は彼らにとって天国だろう、ということだ。
誰も隠れない。誰も息を潜めない。
誰も「死んだふり」をしない。
二十四時間、音と光を撒き散らし、「ここに生きた人間がいます」と叫び続けている。
収穫し放題だ。
来年の正月、おせちを食べる機会があったら、ほんの少しだけ、かつての作法を思い出してみてほしい。
重箱の蓋を開けるときは、静かに。
祝箸を持つときは、反対側を意識して。
料理を口に運ぶときは、なるべく音を立てずに。
そして、窓の外に目をやったとき、もし「何か」の気配を感じたら──。
それは、あなたの祖先が千年にわたって恐れ続けてきた「境界の向こう側」からの視線かもしれない。
怖がる必要はない。
ただ、敬意を払えばいい。
「今年も、境界の時を迎えました。
どうか、穏やかにお通りください」
心の中でそう唱えながら、冷たいおせちを、音もなく食べる。
それが、現代に生きる私たちにできる、せめてもの「擬死」なのかもしれない。
正月の台所は、今年も凍りついている。
重箱の中で、おせちは静かに眠っている。
蓋の向こうに、何かがいる。
あなたはそれを、「神様」と呼ぶだろうか。
それとも──。
窓の外で、風が唸る。
あるいは、風ではない何かが、唸っている。
どうか、音を立てないで。
「凍れる饗宴」は、まだ続いている。
三が日が明けるまで、あとどれくらいだろう。
時計を見る。針が動く音さえ、やけに大きく聞こえる夜だ。