閉じ忘れた扉のこと
夏の終わりに、ふと気づくことがある。
八月も半ばを過ぎ、蝉の声が遠のき、夕暮れの空気にかすかな涼しさが混じり始める頃。
その季節の変わり目に、家のどこかに「閉じ忘れた何か」があるような感覚を覚えたことはないだろうか。
玄関の鍵は確かに閉めた。
窓も、勝手口も。
けれど、目には見えない「どこか」が、まだ開いている。
そんな漠然とした不安が、背筋をうっすらと撫でていく。
それは気のせいだと、多くの人は思うだろう。
残暑の疲れ、あるいは季節の変わり目に特有の倦怠感。
しかし私は、民俗学を学ぶうちに、この感覚にはある種の「正しさ」があるのではないかと考えるようになった。
お盆という行事は、単なる帰省の口実ではない。
それは、生者と死者の境界が最も曖昧になる、年に一度の「門の開放」なのである。
そして門を開いた以上、それを閉じる責任が、生者には課せられている。
送り火とは、その「閉門」の儀式に他ならない。
ところが現代において、この儀式はどれほど正しく執り行われているだろうか。
マンションのベランダでは火を焚けない。
実家に帰省しても、送り火の作法を知る者はもういない。
あるいは知っていても、「形だけ」「簡略化して」「今年は忙しいから」と、どこかで手順を省いてしまう。
その省略が、何を招くのか。
本稿では、送り火の失敗がもたらす「霊的腐敗」について、民俗学的な知見と、各地に伝わる禁忌の記録をもとに考察していく。
これは単なる怪談ではない。
私たちの住まいが、いかに脆弱な境界の上に成り立っているかを知るための、一つの手引きである。
読み進めるうちに、あなたは自分の家の間取りを思い浮かべることになるだろう。
仏壇のある部屋、玄関から廊下への動線、窓の位置と、そこから差し込む光の角度。
そして、ふと気づくはずだ。
あの部屋だけ、なぜか空気が重い。
あの廊下だけ、夏でもひんやりとしている。
それが何を意味するのか、本稿を読み終えた後、あなたは自分自身の答えを見つけることになる。
別れの刻限――なぜ「送らなければならない」のか
賓客から「異物」への変質
お盆の十三日、迎え火を焚いて先祖の霊を招き入れる。
この三日間、死者は「賓客」として家に迎えられる。
仏壇には精進料理が供えられ、茄子と胡瓜で作った精霊馬が飾られる。
家族は集い、故人の思い出を語り、その魂と束の間の再会を果たす。
しかし、この「歓待」には、厳然たる期限がある。
十六日の夕刻、送り火を焚く刻限をもって、先祖の霊は「客」ではなくなる。
滞在を許された時間を過ぎた死者は、もはや懐かしい祖父母でも、愛しい父母でもない。
それは「異物」なのである。
この転換を、現代人は感覚的に理解しにくい。
「お盆が終わっても、おじいちゃんはおじいちゃんでしょう」と、そう思うのが自然だ。
けれど、かつての日本人は、この境界線の重要性を骨の髄まで知っていた。
柳田國男は『先祖の話』の中で、先祖霊が「個」から「集合」へと溶解していく過程を論じている。
人は死後、次第にその個性を失い、やがては「山の神」や「田の神」といった抽象的な守護霊へと変化していく。
これが正常な「霊の老成」である。
ところが、この過程が阻害されると何が起こるか。
個性を失うべき段階で、なおも「個」に執着し続ける霊は、本来あるべき姿へと昇華できない。
そしてその「停滞」こそが、腐敗の始まりなのだ。
送り火を焚くという行為は、死者に対する「甘やかし」の反対にある。
「ここから先は、あなたの居場所ではない」と、冷徹に境界線を引くこと。
それは一見、冷たい仕打ちに思える。
だが実際には、死者を正しい道へ導くための、最も深い慈しみなのである。
逆に言えば、送り火を焚かないことは、魂の道標を奪う「幽閉」に等しい。
帰り道を示す灯火がなければ、死者は現世を彷徨い続けるしかない。
そしてその彷徨いの果てに、彼らは「かつての自分」を忘れていく。
門を閉ざす儀式としての「送り」
送り火の煙には、二重の意味がある。
一つは、あの世への道標。
立ち昇る煙の筋が、空へ、山へ、彼岸へと続く階段となり、先祖の魂を導いていく。
これはよく知られた解釈だ。
しかし、もう一つの意味はあまり語られない。
送り火の煙は、同時に「門を閉める鍵」でもあるのだ。
お盆の期間中、家と冥界を繋ぐ「門」は開いている。
この門は、物理的な玄関とは異なる。
それは空間の裂け目、あるいは次元の境界線と呼ぶべきものだ。
迎え火を焚くことで門は開き、送り火を焚くことで門は閉じる。
この門を閉め忘れるとどうなるか。
東北地方のある集落に、こんな言い伝えがある。
「送り火の燃えカスを、夜明けまでに川へ流すか、土に埋めよ。さもなくば、死者はそれを足がかりに戻ってくる」
つまり、火を焚いただけでは十分ではない。
燃え残りを「処理」するまでが、送りの儀式なのである。
燃えカスには、死者の「足跡」が残っている。
それを門前に放置しておけば、彼らはいつでも戻ってこられる。
門に足を挟んだまま、閉じられるのを拒んでいるようなものだ。
そして、閉じ損ねた門から入り込んでくるのは、必ずしも「招いた先祖」とは限らない。
柳田國男が「先祖」と呼んだ集合的な霊性は、本来、個々の死者が溶け込むべき大いなる器である。
だが門が開いたままの家には、その器に入り損ねた「名もなき何か」が引き寄せられてくる。
それは誰かの先祖であったかもしれないし、そうでないかもしれない。
いずれにせよ、それは「あなたの招いた客」ではない。
ある家で、お盆の最終日に大雨が降ったことがあった。
送り火を焚くことができず、家人は翌朝に延期することにした。
たった一晩のことだ、と。
その夜から、家中の時計が狂い始めた。
最初は一分。
翌日は二分。
一週間後、家のすべての時計は、外の世界から十五分遅れていた。
デジタル時計も、電波時計も、例外ではなかった。
そして家人たちは、奇妙なことに気づいた。
家の中にいると、時間の感覚そのものが鈍くなる。
外に出て初めて、「ああ、もうこんな時間だったのか」と驚く。
時間が「停滞」していたのだ。
送り火を焚いたのは、予定より八日遅れてのことだった。
時計の狂いは、それ以上進まなくなった。
だが、家に染みついた「遅れ」は、二度と元には戻らなかったという。
「未練」という名の引力
送り火の失敗は、しばしば天候や事情によるものと思われている。
雨が降った、忙しかった、やり方がわからなかった。
確かに、それらは表面的な原因としては正しい。
しかし、民俗学的な視点から見れば、送り火が「失敗する」背景には、もっと根深いものが潜んでいることが多い。
それは、生者の「未練」である。
「もう少しだけ、ここにいてほしい」「まだ行かないでほしい」「本当は、帰ってきてほしくない」
そうした願いが、無意識のうちに儀式を妨げる。
火が湿っていたのは、本当に偶然だろうか。
時間に遅れたのは、本当に仕方のないことだったのか。
あるいは心のどこかで、送り火を焚くことを「避けていた」のではないか。
死者を送るということは、別れを確定させるということだ。
火を焚いてしまえば、もう会えない。
その事実を受け入れることが、どれほど難しいか。
遺族の心情としては、送り火を延期したい気持ちは痛いほどわかる。
だが、その感情こそが、死者の「帰り道」を曇らせるのである。
送り火に必要なのは、物理的な炎だけではない。
「もう、行きなさい」と、心から願う生者の意志。
「あなたはもう、ここにいてはいけない」と、断ち切る決意。
その「決別の意志」が込められていない火は、いかに盛大に燃え上がろうとも、道標としては不完全なのだ。
中途半端な想いで焚かれた火は、死者を「中途半端な場所」に留めてしまう。
彼岸にも此岸にも属さない、名前のない空間。
そこで死者は、自分がどこにいるのかわからないまま、漂い続けることになる。
やがて、彼らは怒り始める。
なぜ、送ってくれなかったのか。
なぜ、道を示してくれなかったのか。
足を焼かれ、どちらにも行けなくなった霊の怒りは、やがて「かつて愛した家族」へと向けられる。
彼らはもはや、優しい祖父でも、慈愛に満ちた祖母でもない。
ただ、「還れなかった者」として、そこにいる。
失敗の諸相――手順を違えた者に訪れる「変異」
消えゆく火、消えない気配
送り火には、いくつもの失敗の形がある。
最も多いのは、火が途中で消えてしまうことだ。
藁が湿っていた、風が強すぎた、あるいは単純に量が足りなかった。
炎が立ち上がりかけたところで、ふっと消える。
慌てて火を点け直すが、今度はなかなか燃え上がらない。
何度か試みるうちに、「まあ、これくらいでいいか」と、半端な状態で切り上げてしまう。
この「中途半端」が、最も厄介な失敗である。
火を焚かなければ、門は開いたままだ。
それはそれで危険だが、少なくとも死者には「まだ送られていない」という自覚がある。
待っていればいい。
いつか、送り火が焚かれるのを。
だが、途中で消えた火は、死者を最悪の状態に置き去りにする。
「送られた」と思って歩き出した魂が、道の途中で梯子を外されるのだ。
あちらへ向かおうにも道が見えない。
こちらへ戻ろうにも、門はすでに半ば閉じかけている。
足を焼かれた、という表現が各地の伝承に残っている。
送り火の炎に足を踏み入れた死者が、火が消えたことで「途中で止まってしまう」。
その足は、燃えかけのまま凍りつき、一歩も動けなくなる。
こうして「中途半端に呼ばれた状態」で放置された魂は、やがて怒りを覚える。それは悲しみから始まる。
なぜ、最後まで送ってくれなかったのか。
その悲しみは、時間とともに恨みへと変質していく。
私を見捨てたのか。
私のことなど、どうでもよかったのか。
怒りを抱えた死者は、最も近くにいる者へとその感情を向ける。
送り火を焚くべきだった家族、燃え尽きるまで見届けるべきだった遺族。
彼らは夜ごと、背中に視線を感じるようになる。
振り返っても誰もいない。
だが確かに、誰かが見ている。
その「誰か」は、かつて愛した祖父かもしれない。
だが、その目にはもはや愛情はない。
「逆送り」の禁忌――作法を間違えるということ
送り火には、地域ごとに細かな作法がある。
火を焚く場所、火を焚く方向、片付けの順序、燃えカスの処理方法。
これらは単なる「地方のしきたり」ではない。
長い年月をかけて、幾多の失敗と、その失敗がもたらした災厄から学び取られた「生存のための知恵」なのである。
中でも最も恐れられているのが、「逆送り」と呼ばれる禁忌だ。
火を焚く方向を間違える。
本来、家の外に向かって焚くべき送り火を、家の内側に向けて焚いてしまう。
あるいは、片付けの順序を逆にする。
精霊棚を先に片付けてから火を焚く、というように。
これらの「逆」は、儀式の意味を根本から覆す。
送り火が「送る」ものではなく、「招く」ものになってしまうのだ。
死者は、招かれれば来る。
それが儀式の原理である。
迎え火で招き、送り火で送る。
だが逆送りの場合、送り火が「第二の迎え火」として機能してしまう。
しかもそれは、正式な招待ではない。
裏口から忍び込ませるような、歪んだ招きなのだ。
こうして「逆に招かれた」死者は、玄関からではなく、家の奥へと入り込んでくる。
押し入れの奥、天井裏、床下。
人目につかない暗がりに、それは潜む。
最初は気配だけだ。
ふと、誰かがいるような感覚。
振り返ると誰もいない。
気のせいだと思う。
だが、その感覚は日を追うごとに強くなっていく。
やがて、家族の誰かが「おかしなこと」を言い始める。
「おじいちゃんが、さっき廊下にいたよ」「おばあちゃんの声が聞こえた」
最初は子供の戯言だと思う。
だが、大人たちも気づき始める。
家の中に、確かに「誰か」がいる。
それは家族の姿をしている。
声も、仕草も、かつての祖父や祖母そのものだ。
だが、どこかが違う。
目が合ったとき、ほんの一瞬、その瞳の奥に「知らないもの」が見える。
家族の顔をした何かが、少しずつ「人間ではないもの」の挙動を見せ始める。
食卓に現れるようになる。
だが、食事には手をつけない。
ただ、座っている。
家族を、見ている。
それは祖父ではない。
祖父の形をした、別の何かだ。
居座る「冷たい空気」の正体
送り火に失敗した家には、ある共通した特徴がある。
特定の部屋、あるいは特定の場所だけが、異常に冷たいのだ。
夏の盛りでも、その部屋に入ると肌寒さを感じる。
エアコンをつけていないのに、空気がひんやりとしている。
最初は「風通しがいいのだろう」と思う。
だが、窓を閉め切っても、その冷たさは消えない。
むしろ、窓を閉めると冷気が濃くなるような気さえする。
これは単なる「霊の気配」ではない。
民俗学的には、より深刻な現象として解釈される。
その空間が、「死の領域」に侵食されているのだ。
生と死の境界は、本来、明確に分かれているべきものだ。
此岸と彼岸、陽と陰、熱と冷。
これらは混じり合ってはならない。
だが、送り火の失敗によって境界が曖昧になると、死の属性が生の空間に「染み出して」くる。
冷たさは、その最も顕著な兆候である。
死者の世界には熱がない。
生命の温もりがない。
だから、死の領域に侵食された空間は、冷えていくのだ。
それは冷房の冷たさとは質が違う。
骨の芯まで染み込んでくるような、湿った冷気。
そしてもう一つ、気をつけるべきものがある。
鏡だ。
送り火に失敗した家の鏡には、「余計なもの」が映り込むことがある。
自分の背後に、誰かの影。
洗面台で顔を洗い、顔を上げた瞬間、鏡の中の自分の後ろに、別の顔が見える。
水面も同様だ。
風呂の湯、洗面器の水、コップに注いだ水。
揺れる水面に、あるはずのないものが映る。
それは帰るべき場所を失った者の、絶望した眼差しである。
彼らは鏡や水面を「窓」として、此岸を覗いている。
出口を探しているのだ。
だが、送り火が焚かれなかった以上、出口はどこにもない。
だから彼らは覗き続ける。
いつか、誰かが道を示してくれることを願いながら。
その視線を感じたことはないだろうか。
洗面台の前に立ったとき。
湯船に浸かっているとき。
ふと、見られている気がする。
鏡の中の自分と目が合う。
だが、その目は本当に「自分の目」だろうか。
一度でも疑念を抱いてしまうと、鏡を見ることが怖くなる。
それが、侵食の始まりである。
変質する魂――「先祖」が「魔」に堕ちる瞬間
腐敗する霊性――「産土」になれなかった者たち
人は死んで、どこへ行くのか。
日本の伝統的な死生観において、死者の魂は段階的に「昇華」していくものとされてきた。
まず四十九日をかけて此岸との縁を断ち、やがて山へ還る。
山中で他の霊と溶け合いながら、個としての輪郭を徐々に失っていく。
そして最終的には、「産土神」あるいは「先祖神」と呼ばれる集合的な守護霊へと変化し、子孫を見守る存在となる。
これが、魂の「正常な老成」である。
ところが、送り火を焚かれなかった魂は、この過程の最初の段階で躓いてしまう。
山へ還ることができない。
他の霊と溶け合うことができない。
個としての輪郭を、いつまでも保ち続けなければならない。
ここに、「霊的腐敗」の本質がある。
肉体が死後に腐敗するのは、生命活動が停止したためだ。
代謝が止まり、細胞が崩壊し、やがて土に還る。
これは自然の摂理である。
同様に、魂にも「代謝」がある。
生者との縁を断ち、個としての記憶を手放し、より大きな存在へと溶け込んでいく。
それが魂の代謝だ。
この代謝が止まったとき、魂は腐り始める。
最初の兆候は、「執着」の肥大化である。
生前の記憶、愛した者への想い、住み慣れた家への愛着。
それらは本来、時間とともに薄れていくべきものだ。
だが腐敗した魂においては、これらの執着が異常に増幅されていく。
薄れるどころか、より強く、より歪んだ形で固着していく。
やがて、彼らは「食べる」ようになる。
生者の生気を、である。
腐敗した魂は、自らの存在を維持するために、エネルギーを必要とする。
山へ還った魂は、大地や自然からそれを得る。
だが、此岸に留まった魂には、その供給源がない。
だから彼らは、最も近くにある生命——すなわち、かつての家族——から、生気を吸い取り始める。
これは「祟り」とは少し異なる。
祟りには意志がある。
怒りがあり、報復の意図がある。
だが腐敗した魂の「寄生」には、そうした明確な意志がない。
ただ、在り続けるために、吸い続けるだけだ。飢えた者が食べ物を求めるように。
呼吸する者が空気を求めるように。
その結果、何が起こるか。
家族が、原因不明の不調に悩まされるようになる。
慢性的な疲労感、眠っても取れない倦怠感、気力の低下。
病院に行っても異常は見つからない。
「ストレスでしょう」「自律神経の乱れでしょう」と言われて終わる。
だが、当人には分かっている。
何かが、自分の中から抜け落ちていっている。
そしてふと気づく。
仏壇の前に座ったとき、祖父の遺影を見上げたとき、あの優しかった笑顔が、どこか違って見える。
写真は変わっていないはずなのに、その目が、口元が、かつてとは別の表情を浮かべているように感じる。
それは気のせいではない。腐敗が、始まっているのだ。
現代の「送り損ね」――孤独死とゴミ屋敷の深層
伝統的な送り火の失敗には、まだ「救い」があった。
儀式は存在していた。
やり方を間違えただけで、やり直す術はあった。
僧侶を呼び、修験者に頼み、然るべき手順を踏めば、閉じ損ねた門を閉じることができた。
だが現代には、それすらできない「送り損ね」が存在する。
孤独死。
誰にも看取られず、誰にも弔われず、死後何週間、何ヶ月も発見されない死。
そこには迎え火もなければ、送り火もない。
精霊棚も、精霊馬も、線香の一本すら供えられることがない。
こうした死者は、送られる機会を完全に奪われている。
彼らは「帰る」ことすら許されない。
なぜなら、帰るべき「家」が、彼らを迎えることを拒否しているからだ。
孤独死が発生した部屋には、しばしば大量の物が残されている。
いわゆる「ゴミ屋敷」の状態だ。
これを単なる精神疾患や生活能力の低下として片付けてはならない。
民俗学的な視点から見れば、あの物の山には、別の意味がある。
物は、出口を塞いでいるのだ。
片付けられない遺品。
処分できない思い出の品。
積み上げられた新聞、雑誌、衣類、食品の容器。
それらは、空間を「密閉」している。
風が通らない。
光が入らない。
そして、魂が出ていくための隙間がない。
送り火の代わりに、物が「蓋」をしているのである。
都市部のマンションやアパートには、こうした「帰れない死者」が溜まり続けている。
隣の部屋で、上の階で、あるいは同じフロアのどこかで、送られることなく留まり続けている魂がある。
彼らは壁を隔てた向こう側で、出口を探している。
時折、壁越しに聞こえる物音。
上の階からの足音。
隣室から漏れてくる、かすかな声。
それは本当に「隣人」の生活音だろうか。
マンションの管理人や不動産業者の間では、ある種の「常識」が共有されている。
孤独死があった部屋は、その後も「何か」が起こりやすい。
次の入居者が短期間で退去する。
原因不明の設備トラブルが続く。
あるいは、また同じような死が繰り返される。
それは「事故物件」という言葉で片付けられるものではない。
送られなかった魂が、空間そのものを「死の領域」に変えてしまっているのだ。
家鳴りと幻聴――死者が「言葉」を失うとき
還れない死者は、最初、言葉を持っている。
生前の記憶、生前の語彙、生前の声。
それらを使って、生者に語りかけようとする。
「なぜ送ってくれなかったのか」
「どうして私をここに置いていくのか」
「助けてくれ」
「出してくれ」
その声は、最初は明瞭だ。
夜中にふと目が覚めたとき、枕元で誰かが囁いている気がする。
名前を呼ばれた気がする。
振り返ると誰もいないが、確かに声がした。
それは聞き慣れた声、懐かしい声、祖父の声、祖母の声。
だが、時間が経つにつれて、その声は変質していく。
言葉が崩れ始める。
文章だったものが単語になり、単語だったものが音節になり、音節だったものが、意味をなさない「音」になる。
それは言語の退行であり、人格の崩壊である。
彼らは、自分が何者であったかを忘れていく。
残るのは、ただ「伝えたい」という衝動だけだ。
何を伝えたいのか、自分でも分からなくなっている。
けれど、伝えなければならない。
伝えなければ、自分という存在が完全に消えてしまう。
だから彼らは、あらゆる手段で「音」を発し続ける。
家鳴りは、その一つの形態である。
古い家が軋む音。
木造建築であれば、温度変化や湿度変化で構造材が伸縮し、音が鳴ることはある。
だが、送り火に失敗した家の家鳴りは、そうした物理的な説明では収まらない。
真夜中、気温も湿度も安定している時間帯に、突然、家全体が軋む。
まるで、誰かが家の中を歩き回っているかのように。
それは死者の「声」である。
言葉を失った彼らが、家という「体」を使って、最後の叫びを上げている。
「なぜ」と。
この問いかけは、世代を超えて伝播していく。
送り火を疎かにした家には、独特の「澱み」が蓄積されていく。
それは一代では終わらない。
親から子へ、子から孫へと、閉じ損ねた門の「負債」が受け継がれていく。
ある家系では、代々、同じような病に悩まされる。
原因不明の鬱、慢性的な疲労、人間関係の破綻。
医学的には「遺伝的傾向」と説明されるかもしれない。
だが民俗学的には、それは「影の病」と呼ばれるべきものだ。
送られなかった者たちの影が、子孫の人生に覆いかぶさっている。
その影を払うには、蓄積された「負債」を清算しなければならない。
だが、何世代にもわたって溜まった澱みを、一度に払うことができるだろうか。
鎮めと贖罪――開いた門を閉じるために
「やり直し」はきくのか?
送り火を焚き損ねたことに気づいたとき、多くの人は考える。
今からでも遅くない、もう一度火を焚けばいいのではないか、と。
その発想は、危険である。
お盆の期間を過ぎてから焚かれる火は、もはや「送り火」ではない。
それは、まったく別の意味を持つ炎となる。
送り火とは、開いた門を閉じるための火だ。
だが門というものは、開く時期と閉じる時期が定められている。
潮の満ち引きのように、あるいは季節の巡りのように、霊界と現世の境界にも「時」がある。
お盆の十六日は、その境界が最も薄くなり、かつ「閉じること」が許される、年に一度の刻限なのだ。
その時を逃して焚かれた火は、門を閉じる力を持たない。
むしろ、閉じかけた門を再びこじ開ける力を持ってしまう。
さらに悪いことに、その火が呼び寄せるものは、もはや「先祖の霊」ではない。
季節外れの火は、「死そのもの」を招く。
個別の死者ではなく、死という概念、死という力、死という領域そのものを、現世に引きずり込んでしまうのだ。
それは特定の霊よりも、はるかに手に負えない。なぜなら、交渉ができないからだ。
先祖の霊には、かつての人格が残っている。
語りかけることができる。
宥めることができる。
だが「死そのもの」には、人格がない。
意志がない。
ただ、在るだけだ。
だからこそ、送り火の「やり直し」には、専門家の介入が必要となる。
僧侶、修験者、あるいは地域に伝わる特殊な技能を持つ者。
彼らは「事後処理」の術を知っている。
だがその処理は、通常の送り火とは比較にならないほど複雑で、危険で、そして壮絶なものとなる。
ある修験者は、こう語った。
「一度狂った『時』を戻すことは、時計の針を逆に回すのとは訳が違う。
流れてしまった水を、器に戻すようなものだ。
できないとは言わない。
だが、溢れた分の『代償』は、必ず払わなければならない」
その代償が何であるかは、ここには記さない。
ただ、安易な「やり直し」が、事態をさらに悪化させる可能性があることだけは、銘記しておくべきだろう。
記憶の「火」を絶やさないこと
では、現代に生きる私たちは、どうすればよいのか。
マンション住まいで火を焚く場所がない。
実家の墓は遠く、お盆に帰省することもままならない。
送り火の作法を知る年長者は、すでに亡くなっている。これが、多くの人にとっての現実だ。
物理的な火を焚けない以上、私たちは別の「火」を灯さなければならない。
それは、記憶の火である。
送り火の本質は、炎そのものにあるのではない。
その炎に込められた「意志」にある。
「あなたは、もうここにいてはならない」
「あなたの居場所は、ここではない」
「どうか、安らかに還ってください」
——その決別の意志こそが、死者を正しい道へと導く力を持つのだ。
であれば、物理的な火がなくとも、その意志を持つことはできる。
お盆の終わりに、静かに座り、亡くなった人のことを思い出す。
その人との記憶、その人の声、その人の温もり。
それらをゆっくりと心に浮かべ、そして、手放す。
「ありがとう」と心の中で告げ、「さようなら」と、確かに別れを告げる。
形骸化した儀式の裏には、この「心の防波堤」がある。
重要なのは、先祖を「他者」として正しく認識することだ。
いかに愛した人であっても、死者は死者であり、生者とは異なる世界に属する存在である。
その境界を曖昧にしてはならない。
「いつまでもそばにいてほしい」という願いは、愛情の表れであると同時に、死者を縛る鎖でもある。
愛するがゆえに、手放す。それが、最も深い慈しみなのだ。
そして、もう一つ。
「忘却」という送り方がある。
これは最も残酷で、最も正しい送り方だ。
死者を忘れていくこと。
その顔を、声を、温もりを、少しずつ記憶から消していくこと。
それは裏切りではない。
それは、死者を「個」から解放し、より大きな存在へと還すための、生者にできる最後の贈り物なのだ。
忘れることを、恐れなくていい。
忘れられることで、死者は初めて安らかに眠れるのだから。
あなたの家の玄関は、今、閉じていますか?
このエッセイを読み終えた今、あなたは何を感じているだろうか。
背筋に走る冷たさ。
それは、空調のせいだろうか。
あるいは——。
自分の家の間取りを思い浮かべてみてほしい。
玄関から廊下へ、廊下から居間へ、居間から寝室へと続く動線。
その途中に、妙に空気が重い場所はないだろうか。
夏でも冷える一角はないだろうか。
仏壇があるなら、最後に手を合わせたのはいつだろう。
遺影に目を合わせたのは、いつだろう。
その目は、今も変わらず穏やかだろうか。
窓の外に目を向けてみる。
夜であれば、そこには闇が広がっている。
街灯の光、向かいの家の明かり、遠くを走る車のライト。
それらは確かに見える。
だが、その闘の奥に、別の何かが見えるような気がしないだろうか。
それは夜景ではない。
帰り道を求めて彷徨う、「かつての家族」の目かもしれない。
あるいは、そうではないかもしれない。
私がここで断言できるのは、ごく限られたことだけだ。
送り火には意味がある。
門を閉じることには意味がある。
そして、閉じ損ねた門から入り込んでくる「何か」は、確かに存在する。
今夜、眠りに就くとき、枕元に誰かの気配を感じるかもしれない。
それはきっと、長年連れ添った配偶者か、あるいは一緒に暮らすペットの気配だろう。
そう思いたい。
だが、一つだけ覚えておいてほしい。
枕元に立つ者が「昨日と同じ者」である保証は、どこにもない。
その者の目をよく見ることだ。
その目の奥に、あなたの知っている「誰か」がいるかどうか。
それを確かめることだ。
もし、そこに見知らぬ「何か」がいたなら——。
いや、その先は、あなた自身で確かめてほしい。
来年のお盆には、どうか送り火を焚いてほしい。
物理的な火が無理なら、心の火を。
確かな決別の意志を込めて。
そして、門を閉じてほしい。
あなたの家の玄関が、今夜、確かに閉じていることを祈っている。